認知症の原因は小胞体ストレス?認知症対策「漢方薬アロマタッチ」

小胞体ストレスというものがアルツハイマー病の原因になるという説があります。これは、どういうことなのでしょうか?そもそも小胞体ストレスとは、どういったものなのでしょうか?ここでは、様々な検証を踏まえながら、これらの謎の解明に取り組んでいきます。さらに、小胞体ストレスの改善物質を使用した漢方薬アロマタッチという手法によって、様々なタイプの物忘れが治ったという経験やストレスが原因となってアルツハイマー型認知症を発症した例などをご紹介いたします。現在、認知症の中で最も多く発症するのがアルツハイマー型認知症です。そこで、アルツハイマー型認知症のことをここでは単に認知症と記述することにします。

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アミロイドβ・タウの凝集は小胞体ストレスを誘発し、認知症の原因になる?!

認知症患者の脳では、不溶化したアミロイドβが神経細胞のすき間に蓄積してできた老人斑と、神経細胞内でのタウの凝集を原因とする神経原線維変化が特徴的な病理変化として観察されます。このような凝集タンパク質の蓄積は小胞体ストレスの原因となり、細胞障害を引き起こします。小胞体はタンパク質の合成・折り畳みを行っている細胞内小器官ですが、変性したタンパク質を取り込むことによって様々な生理的ストレスを生じ、細胞に悪影響を及ぼすことがあります。これを小胞体ストレスといいます。このようなストレスを受けたとき、細胞は「小胞体ストレス応答」という方法により、ストレスを回避します。しかし、ストレスがこの回避能力を上回ってしまうと、細胞自体がアポトーシス(細胞の自殺)を誘発し、認知症を引き起こす原因になるといわれています。

家族性アルツハイマー病の原因遺伝子は小胞体ストレスを増大させる

アルツハイマー病は遺伝子変異で発症する家族性のものと遺伝的背景がない非遺伝性のものに大別できます。家族性アルツハイマー病(FAD)の原因遺伝子としてはAPP、プレセニリン1、プレセニリン2が同定されていますが、プレセニリン1の変異で起こるケースが大半を占めています。プレセニリンの遺伝子変異はアミロイドβの産生を亢進させる原因のひとつであることがわかっています。プレセニリン1の全長型は小胞体に局在し、変異型プレセニリン1はカルシウムホメオスタシスの撹乱や酸化ストレスを引き起こす原因となります。これらのことから、変異型プレセニリン1は小胞体ストレスと何らかの関係があるのではないかと考えられます。そこで、変異型プレセニリン1を発現する細胞に小胞体ストレスを負荷してみると、野生型プレセニリン1を発現する細胞に比べて明らかに小胞体ストレス感受性が増大し、速やかに細胞死が起こりました。この結果、本来は小胞体ストレスが負荷された際に活性化して細胞死から防御するはずのシグナル応答系が、変異型プレセニリン1が原因となってその働きが阻害され、ストレス感受性が亢進して細胞死に至ることがわかりました。このように変異型プレセニリンは、ストレスがかかった時に細胞死から守る働きのある小胞体ストレス応答系に影響を与え、細胞死に導いてしまう原因となるのです。

非遺伝性アルツハイマー病の原因?PS2V

プレセニリン2(PS2)遺伝子のエクソン5を欠失したスプライシング変種(PS2V)は、非遺伝性アルツハイマー病脳で高頻度に発現していることが確認されています。PS2Vがコードするタンパク質に対する特異的抗体を作成し、その発現を調べてみると、アルツハイマー病脳の海馬や大脳皮質の神経細胞に強く発現していることがわかりました。しかも、PS2V免疫陽性細胞の多くは細胞体の萎縮や神経突起が崩壊した変性神経細胞でした。このような免疫組織化学的検査をアルツハイマー病患者10例、対照群13例を用いて行いました。その結果、アルツハイマー病患者10例全例の海馬でPS2V免疫陽性の神経細胞を多数観察することができました。一方、対照群では1例に極めて弱い免疫陽性反応を示す神経細胞を認めたのみで、他の例では全く観察されませんでした。この結果から、PS2Vの発現は非遺伝性アルツハイマー病にかなり特異的な現象であることが推察されます。

アルツハイマー病脳におけるPS2Vは小胞体ストレスを憎悪する原因となる

PS2Vはプレセニリン1と同様に小胞体に局在します。そこで、PS2Vを構成的に発現する細胞に小胞体ストレスを負荷し、ストレス抵抗性とストレス応答経路を調べてみました。カルシウムイオンによる細胞膜刺激、抗生物質の投与、低酸素負荷などの小胞体ストレスを与えてみると、正常細胞に比べてPS2V発現細胞では速やかに細胞死を引き起こしました。このことから、PS2Vは非遺伝性アルツハイマー病脳において、変異プレセニリン1と同様なメカニズムで小胞体ストレスを増悪させ、細胞死を増強する原因となりうることがわかります。アルツハイマー病脳では、アミロイドβの過剰蓄積や活性酸素の産生あるいはカルシウム代謝異常などが神経細胞死を引き起こす原因要素として考えられています。これらはいずれも小胞体ストレスを引き起こす原因物質です。PS2Vが発現した神経細胞では、小胞体ストレスを通して様々な危険因子による細胞傷害性を増幅してしまう可能性があります。このように非遺伝性アルツハイマー病においてPS2Vタンパクの発現は神経細胞死を引き起こす原因物質のひとつとしてとらえることができるのではないでしょうか?

小胞体ストレスの原因となるタンパク質凝集を抑制する薬がアルツハイマー病治療のカギに

アルツハイマー病に対する日本医療における治療薬としては、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬、NMDA受容体遮断薬が使用されていますが、これらはいずれも対症薬と考えられ、現在の医療では根本的な治療薬は見出されていないため、より有用なアルツハイマー病の対策が望まれています。現在提唱されているアルツハイマー病の発症原因の中に、アミロイドβ仮説、タウ仮説というものがあります。アミロイドβがオリゴマーを形成することが原因となり、神経毒性が生じ、老人斑を形成するとともに神経細胞死を誘発するという仮説です。また、リン酸化タウはPairedHelicalFilament(PHF)を形成し、神経軸索への物質輸送を抑制し、細胞障害を引き起こします。すなわち、異常に凝集したアミロイドβとタウが脳内に蓄積し、老人班や神経原線維変化を形成するとともに、これらが神経細胞死を誘発することが原因となってアルツハイマー病が発症するという可能性が示唆されています。また、このような凝集タンパク質の蓄積は、小胞体ストレスの原因となり、細胞障害を引き起こします。すなわち、凝集タンパク質の蓄積が小胞体ストレスを引き起こし、アルツハイマー病のような神経変性疾患の発症原因となっている可能性があると考えられます。これらのことから考えると、アミロイドβやタウなどのタンパク質凝集抑制効果を持つ薬物を用いて、アルツハイマー病を根本的に治療することが可能となるかもしれないのです。

小胞体ストレスの原因となるタンパク質凝集を抑制する物質を探索

アルツハイマー病脳では、凝集アミロイドβの沈着が認められ、さらに異常にリン酸化されたタウによる神経毒性がその原因となる可能性が示唆されています。そこで、これまでの基盤的研究をベースに構築した抗アルツハイマー病薬スクリーニング方法に基づき、小胞体ストレスを改善し、アルツハイマー病に対する治療効果が期待される候補物質を選び出し、その性質を明らかにすることを目的とした検証が行われました。生薬由来化合物38種類に対してスクリーニングを行い、小胞体ストレス改善につながる抗凝集効果を持つ化合物の候補を探索しました。小胞体ストレスの原因となる異常タンパク質の凝集抑制活性のスクリーニング方法として、αラクトアルブミンをモデルタンパクとしたケミカルシャペロン活性測定とチオフラビンTを用いた原因物質アミロイドβ1-42凝集測定の2種類の方法を用いました。

小胞体ストレス改善につながるαラクトアルブミンの凝集抑制効果のある物質3候補

αラクトアルブミンは牛乳に含まれる乳清タンパク質成分で食物アレルギーの原因としても挙げられる物質です。これを37℃でインキュベートを行うと小胞体ストレスの原因となる凝集が起こり、488nmにおいて吸光度が上昇します。インキュベート開始前のαラクトアルブミン溶液に、各種生薬由来化合物を最終濃度が10µMになるよう調製した後に添加しました。開始から7時間後に測定すると、小胞体ストレス改善につながるαラクトアルブミンの凝集抑制が認められた化合物はアルカニン、コプチシン塩化物、シコニンの3種類であることが明らかになりました。

小胞体ストレスの原因となるタンパク質凝集抑制効果を持つアルカニンとシコニン

次に、アルツハイマー病の原因となり、小胞体ストレスの原因となるアミロイドβの凝集を抑制させる化合物について検討を行いました。原因物質アミロイドβ1-42の溶液(10µM)を作製し、37℃でインキュベートを行い、6時間後に取り出してチオフラビンT5µM溶液で希釈し、励起波長450nm、測定波長480nmで測定を行いました。チオフラビンTは原因物質アミロイドβに結合して蛍光を発する色素です。検討の結果、小胞体ストレスの原因となるアミロイドβ1-42の凝集抑制傾向が認められた化合物はアルカニン、バルバロイン、(z)-リグスチリド、ルテオリン、シコニンの5種類であることが明らかになりました。この2通りのスクリーニングの結果、合計6種類の候補化合物が得られましたが、この中で共通して小胞体ストレス改善につながる抗凝集効果が認められた化合物はアルカニンとシコニンの2種類であることがわかりました。

アルカニンとシコニンがアルツハイマー原因物質による細胞死を抑制

アルカニンとシコニンが、アルツハイマー病の原因となり小胞体ストレスの原因となるアミロイドβの凝集抑制作用を有することがわかったため、これらの化合物が実際に神経保護機能を持っている可能性があるのか検討してみました。実験では、神経モデル細胞であるPC12細胞にアルツハイマー原因物質アミロイドβを処置した時の神経毒性に対する両化合物の効果について検討を行いました。細胞死は、培養上清中のLDHの遊離を指標として検討しました。その結果、原因物質アミロイドβによって上昇する細胞死を、アルカニン、シコニンを投与することによって抑制できることが明らかになりました。

シコニンが神経細胞の萎縮を抑制

次に、アルカニンとシコニンの原因物質アミロイドβによる神経細胞の樹状突起と軸索の萎縮に対する効果について検討しました。初代培養マウス大脳皮質神経細胞に原因物質アミロイドβ25-35を処置した時の樹状突起と軸索の萎縮に対するアルカニンとシコニンの影響を検討しました。すると、シコニンは原因物質アミロイドβ25-35に誘発された樹状突起の萎縮ならびに軸索の萎縮を抑制する可能性が示されました。

アルツハイマー病原因タンパク質タウの凝集を抑制するアルカニンとシコニン

チオフラビンTはタンパク質のβ-sheet構造を認識して蛍光を発するという性質を持つため、この特徴を利用して小胞体ストレスの原因となるタウの凝集を確認することができ、蛍光強度を比較することによって凝集の程度を評価することができます。そこでチオフラビンTを用いて小胞体ストレスの原因となるタウの凝集度を測定しました。原因タンパク質タウには微小管結合部位(MBD:Microtubule-bindingdomain)が含まれており、MBDは約30個の類似したアミノ酸残基が3回又は4回繰り返した構造を有しています(3R及び4RMBD)。検討の結果、3Rおよび4RMBDいずれの原因タンパク質タウにおいてもアルカニンとシコニンは小胞体ストレス改善につながる凝集抑制効果を示しました。また、4Rは3RMBDに比べて10倍程強い凝集抑制活性を有していることも明らかになりました。

アルツハイマー病の根本治療が期待できるアルカニンとシコニン

以上の検証により、アルカニンとシコニンにおいて、小胞体ストレスの原因となるアミロイドβ凝集の抑制効果、原因物質アミロイドβによる細胞毒性の軽減効果、原因物質アミロイドβによる樹状突起萎縮ならびに軸索萎縮抑制効果(シコニン)、小胞体ストレスの原因となるタウの凝集抑制効果が認められました。これらのことから、アルカニンとシコニンがアルツハイマー病の治療薬として有効性が示唆されます。

物忘れの予防と治療にアルカニン・シコニン含有の漢方薬アロマタッチ

アルカニンとシコニンには、小胞体ストレスの原因となるアミロイドβ凝集の抑制効果、原因物質アミロイドβによる細胞毒性の軽減効果、原因物質アミロイドβによる樹状突起萎縮、軸索萎縮抑制効果(シコニン)、小胞体ストレスの原因となるタウの凝集抑制などの効果が認められている物質です。これらを上手に利用することによってアルツハイマー病を克服できるかもしれないといわれています。私たちは、このアルカニンとシコニンを豊富に含有する漢方薬、メディカルアロマ、頭蓋仙骨療法を複合的に活用する漢方薬アロマタッチを行うことによって、物忘れの予防と治療に取り組んでいます。頭蓋仙骨療法というのは、脳を包み込んでいる脳脊髄液を外から優しく刺激することによって脳脊髄液の流れを整え、体調改善を目指すものです。漢方薬アロマタッチは、これに小胞体ストレス改善作用を持ち、アルツハイマー病に有効といわれるアルカニンとシコニンを豊富に含有する漢方薬治療とメディカルアロマを頭部浴という形で融合したものです。

物忘れが治る!?漢方薬アロマタッチ

漢方薬は、日本や中国での長年の経験に基づき、様々な治療効果を持つ生薬を組み合わせて病気を治療する薬です。同様に、メディカルアロマは西洋の長い歴史の中で培われてきた植物療法です。この経験に基づくふたつの手法と、脳脊髄液にアプローチする頭蓋仙骨療法を融合したのが漢方薬アロマタッチです。私たちは、この手法によって「物忘れが治る」という経験をしています。時間や場所への見当識が失われたことが原因となり、自分が今どこにいるのかもわからないという状態から回復した例もあります。片手が硬直し、自立歩行も不可能なケースで、初日は両脇から2人に支えられて来ました。顔の表情も乏しく、笑顔は一切ありません。この状態で漢方薬アロマタッチを3日間連続で行ったところ、自立歩行が可能になりました。その後、1週間に1度のペースで継続すると3ヶ月後には物忘れもなくなり、笑顔で日常会話ができるレベルにまで回復したのです。半年後には硬直していた腕を自由に動かすことも可能になり、さらにその半年後にはパソコンの打ち方を習得し、パソコンで手紙が書けるようにもなりました。

物忘れの予防に漢方薬アロマタッチ

物忘れは、初期症状が出る前に予防することも大切なことだと私たちは考えます。最近では、物忘れの原因には生活習慣が大きく関わっているといわれ、規則正しい食生活を送ることは物忘れの予防に有効であることが認められてきています。これに加えて、私たちは本格的な物忘れ予防の手法として、定期的な漢方薬アロマタッチの利用をおすすめいたします。仕事や日常生活を原因とする脳のストレスは、簡単に取り切れるものではありません。小胞体ストレスの原因抑制作用を有する漢方薬をお選びし、抗ストレス作用を持つといわれるメディカルアロマを使用します。そして、脳脊髄液の流れを整えることを目標とする頭蓋仙骨療法を頭部浴という形で導入し、様々な角度から脳へのアプローチを行います。脳のストレスを取除くことは漢方薬アロマタッチを行う目標のひとつです。漢方薬アロマタッチが終わった後には「頭がスッキリして軽くなる」という感想を非常に多くいただきます。この現象は、疲労していた脳に十分なエネルギーが与えられ、脳にゆとりが生まれた結果であると考えられます。脳内では神経細胞の巨大なネットワークが形成され、膨大な量の情報のやり取りが行われています。この情報伝達がスムーズに行われないことが原因となって物忘れが生じる可能性も大きいと考えられます。このことから、脳にゆとりを与え、情報伝達のエラーを減らすことは、物忘れの予防に対して有効に働くのではないでしょうか。

物忘れを自覚しない人への対処方法

また、物忘れを治すのが難しい原因のひとつとして挙げられるのが、本人が物忘れを自覚していない場合が多いということです。どんなに家族が治療を希望しても本人はその必要性を全く感じないことが原因で、なかなか治療が前に進まないというケースです。この場合は、治療のスタートを切ること自体がストレスとなります。漢方薬アロマタッチを行うためには、薬剤師の資格や医薬品の取り扱い許可だけではなく、美容室の許可も必要となります。そのため、私たちは美容師免許を所持し、漢方薬アロマタッチとともにカットヘアカラーパーマなども行っています。そこで、本人が物忘れを自覚しないことが原因となって治療が困難なときには、「今日は髪を切りに行きましょう」「今日は白髪を染めに行きましょう」と誘って連れてきた、というケースもありました。髪を切ったり、白髪を染めに来たりすることには抵抗を示さないようです。また、足の痛みが原因でストレスを抱えている人にはレッグアロマタッチで足の機能を改善するという手法もあるため、これを上手に活かすという考え方も可能です。このように、物忘れ以外にも様々なストレスを同時に解決できるのも漢方薬アロマタッチの利点です。この他にも、同じ質問を何度も繰り返すという状態や日常生活レベルの計算ができなくなってしまった状態から、漢方薬アロマタッチを行うことによって日々回復していく姿を見るのも珍しくありません。

ストレスが原因でアルツハイマー型認知症を発症した例

身体的・心理的ストレスが原因となって認知症が顕性化したアルツハイマー型認知症の症例報告もあります。この症例の患者は69歳の3月頃より強い腰痛を訴え始め、この身体的ストレスが原因となって寝起きするにも不自由になり、さらに不眠によるストレスが重なるようになりました。同年6月頃より隣の家との間で土地の境界線が問題となり、患者が交渉にあたりましたが決着には至らず、同年8月に訴訟が起こされることになりました。この心理的ストレスが原因なのか、この頃に腰の痛みが発症し、患者はほぼ一日中床に就いている状態となり、「オレが死んだら隣の家に何もかも取られてしまうんや」と呟くようになりました。8月中旬頃からは「畑の放ったらかしが原因で隣の田んぼに迷惑をかけている。警察に訴えよる」といい始め、さらに心理的ストレスは強くなっていきました。9月になると「警察がオレを捜している」「自分が原因で村中が大騒ぎをしている。死んでおわびをする」といい、家族の制止を振り切って派出所へ駆けこむようなこともあったといいます。また、自動車のクラクションが鳴ると「そら、オレを捕まえにきた」などと述べ、ますます心理的ストレスは増大していったといいます。

抑うつ症状からアルツハイマー型認知症への移行

同年9月8日に病院を訪れ、心因反応の診断で当日入院となりました。入院時は、抑うつ気分、自殺願望、焦燥感が著明で被害関係念慮はなく、アルツハイマー型認知症は疑いませんでした。長谷川式DRスケールでは28.5点(Sub−normal)で認知症状は著明ではなく、脳波所見もdiffuse α patternの傾向があるものの、正常範囲内でした。入院後、抗うつ剤、抗不安薬などを投与しましたが、ほとんど改善はみられず、数週間~数ヵ月の単位での気分変調が出現するようになりました。状態の良い時には外泊も可能でしたが、症状が悪化すると睡眠障害ストレスが原因となり、抑うつ気分、焦燥感などが発生し、眼球を鉛筆で突こうとしたり、蛍光灯を椅子で壊したりするといった不穏状態に陥りました。そのような状態のときには「家の倒産が原因で病院を追い出される」などと訴えたり、他の患者を指差して「あの人は隣家のスパイです」などといった言動が見られました。3年後の10月には裁判がうまくいっていないことを家族から告げられ、この心理的ストレスが原因となって、幻視と精神運動性の興奮を伴った夜間せん妄が数日間出現し、「オレの葬式をそこでしている」「怖いヤクザが見える」「殺される」などというようになりました。そこで、少量の抗精神病薬を就寝前に投与したところ、せん妄状態は急速に消失しました。しかし、11月に入ると、今度は物忘れが目立つようになり、ズボンにベルトを何本もさしたり、夕食を何度も要求したりするようになりました。この時、初めてアルツハイマー型認知症が疑われました。この時点での長谷川式DRスケールでは13.0点(Predementla)でした。神経学的には両側腱反射の軽度亢進以外に所見なく、左右差や病的反射もみられませんでした。また、頭部CT scanでは局所病変はなく、全体的な脳萎縮もみられました。脳波もslow αを基盤とするdiffuse α patternでしたが、局所所見、左右差はみられませんでした。翌年には記銘力障害の進行が原因となり、見当識障害に陥りました。しかし、ストレスによる気分の変調はほとんどみられなくなり、むしろ上機嫌なことが多くなったため、家庭内で看護可能ということで退院となりました。その後も抑うつ気分は目立たず、認知症状が前景にでている状態で、長谷川式DRスケールも4.5点(Dementia)に低下しており、脳波上もdiffuse α pattemに加えてslow waveが混入していました。

アルツハイマー型認知症は中枢神経系を原因とした全身疾患

この症例では反応性の抑うつ状態を思わせる症状から被害関係念慮へ進行し、数回の気分変調期を経て、数日間の夜間せん妄を繰り返した後、初めて著明な認知症状が出現しています。その最終的な臨床像、神経学的所見、頭都CT scan像や脳波所見などにより臨床的にはアルツハイマー型認知症と診断されます。アルツハイマー型認知症は病理的にいわゆる脳の老人性変化、すなわち大脳萎縮、神経細胞の脱落、老人斑やアルツハイマー原線維変化などを特徴とし、進行性の認知症を中核症状とする疾患です。また、アルツハイマー型認知症の病変の影響は内分泌系あるいは循環器系を通じて全身に及んでおり、アルツハイマー型認知症は中枢神経系を原因とした全身疾患として把握するという考えもあります。

様々なストレスが原因となるアルツハイマー型認知症

さらにアルツハイマー型認知症では症例によって病変の程度が臨床症状と大きく隔たっていることがあります。すなわち、明らかに認知症状を示しているにもかかわらず大脳萎縮などの器質的な変化が乏しい症例や、反対に、認知症状は軽度でも脳の病変は顕著な症例が存在することが知られています。このような差異は、その症例をとりまく社会的、心理的な状況や身体的なものが原因になっていると考えられ、アルツハイマー型認知症の原因は社会的、心理的な側面からもとらえていく必要があります。実際、臨床においても、社会的ストレス(環境の急変、定年退職など)、心理的ストレス(肉親の死など)および身体的ストレス(病気、手術など)がアルツハイマー型認知症の発症や進行の契機となる症例が数多くみられます。この症例においても過大な身体的ストレス(腰痛)および心理的ストレス(土地の境界線問題)が精神症状発現の契機となっており、認知症状顕性化のきっかけも心理的ストレス(裁判の不調)でした。さらに、この症例では非活動的・内向的な性格が原因となり、強いストレスにさらされると情動面での混乱を来しやすかったとも考えられます。また、脳波所見も臨床像と一致して変化しており、ストレスが脳の器質的変化を機能的に修飾したことが示唆されました。配偶者や肉親の死、環境の急変などといったストレスがアルツハイマー型認知症の発症や症状進行の原因となることもあります。

ストレスが少なすぎてもアルツハイマー型認知症の原因に?

一方、ストレスの過少な状態もアルツハイマー型認知症の発症を促進する原因になりうるとされています。すなわち、定年退職や外科手術後の安静臥床などのように「一日中、何もすることがない状況」がアルツハイマー型認知症を誘発する原因になることがあります。労働率とストレスとの関連性からすると、ストレスが最大でも最小でも効率が悪いといいます。同様に、アルツハイマー型認知症も適度なストレスによって発症が最小限になると考えられており、大きすぎるストレスでも小さすぎるストレスでもアルツハイマー型認知症の発症が促進される原因になると推測されます。適度なストレスはアルツハイマー型認知症の病理学的な変化そのものには影響は及ぼさないと考えられますが、そのようなストレスの状況下では認知、記憶機能の欠損を補足する心理的な能力が最大限に発揮され、病変が軽度な間に認知症を発症するというような事態を防ぐのではないかと考えられます。

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