ストレス感受性をチェックしてわかった線維筋痛症における実存性障害

線維筋痛症(fibromyalgia syndrome:FMS)は、機能的病態を有する原因不明の疾患です。機能的病態とは、臓器・組織の形態的異常に基づいて生じる器質的病態に対して、器質的な病変がないにもかかわらず症状が起きる状態をいいます。そのため、全身の強い痛み・こわばり・睡眠障害・抑うつ症状など様々な症状があっても、病院の一般的な臨床検査では異常が見つからない病気です。発症には患者固有の身体的要因や心理的要因などが複雑に関係します。ストレスも大きな発症要因のひとつです。そこで、全人的な視点からストレスの未病を発見するために作成されたComprehensive Health Check for Workers(CHCW:働く人を対象とした心と体の初期症状の健康チェック)が、機能的病態の積極的診断にも有用なのではないかと考えられます。

線維筋痛症の包括的な病態チェックにCHCW

CHCWは、身体・心理・社会(仕事や周辺環境)・実存(生きる意味)の4つのカテゴリーに分けられた30項目の質問から成るチェック法です。これによって、心身の変調やストレス感受性をチェックします。元々、労働者が病気を発症する前に仕事のストレス状況を自己チェックし、初期症状の段階で治してしまうことによって完治する確率を高め、病院に掛かる医療費を削減することを目標として作成されたものです。このように、本来、CHCWは労働者の初期症状をチェックするために作成されたものですが、これを線維筋痛症の包括的な病態チェックに適用し、これによって一般的な線維筋痛症治療の成果を検討したという報告があります。

線維筋痛症の健康チェックを行う対象と方法

米国リウマチ学会(American College of Rheumatology:ACR)の診断基準に適合した線維筋痛症の患者78例についてCHCWによる健康チェックを実施し、その特徴と罹病期間に伴う相違を検討しました。線維筋痛症グループは、発病から3年未満グループ(25例)と3年以上グループ(53例)に分類しました。また、健康チェック実施時の痛みの強度をVAS(visual analogue scale)に記入してもらい、CHCWの総得点との関連性を検討しました。対照は絶対的健常者55例、一般市民78例としました。絶対的健常者とは、病院で疾病の指摘を受けていない状態で、病的症状の自覚もなく、少なくとも過去1カ月にわたり、以下の条件をすべて満たした人を指します。

1)毎日、食事を3食、ほぼ定時間に定量摂取している。
2)毎日、睡眠を7時間以上取り、不眠がない。
3)排尿・排便などの排泄に支障がない。

一般市民とは、上記の条件を満たさないが、病院で病気を指摘されていない人を指します。

治療歴の長い線維筋痛症の患者グループは実存性の障害が大きい

健康チェック対象のCHCW総得点は、絶対的健常者 > 一般市民 > 線維筋痛症(3年未満グループ) > 線維筋痛症(3年以上グループ)の順で高得点でした。CHCWを構成している4要素(身体・心理・社会・実存)を別々に分析した結果も同様のものとなりました。線維筋痛症グループ内で比較してみると、3年未満グループの方が3年以上グループに比べて有意に高く、この傾向は特に実存性において最も顕著に現れました。3年以上グループには全員に治療歴がありました。健康チェック実施時の疼痛の状況とVAS、CHCWの総得点との相関を検討すると、有意な逆相関がみられました(y=−0.5952x十94.036、r=0.600884、pく0.01)。

線維筋痛症に対する一般的治療戦略の限界

健康チェックの結果から、線維筋痛症患者の身体・心理・社会・実存的状況は大きく障害され、罹病期間が長いほど障害が大きいことが明確になりました。特に、実存性の障害の大きさが顕著です。実存性とは「生きている実感」のことで、生きる意味や責任、自由性などにも関連する概念です。線維筋痛症は、体の痛みが主症状であるため、必然的に治療も疼痛コントロールがメインになります。ただ、健康チェックの結果からも実存性の障害の大きさが顕著で、精神面への配慮を治療に加えることが線維筋痛症を完治させるためには重要なポイントになると考えられます。線維筋痛症の患者グループのチェック結果では、病歴の長い患者、治療歴(抗うつ薬、抗けいれん薬などの向精神薬の使用)のある患者グループのCHCW総得点が低い結果となり、この健康チェックを実施した研究グループは、「一般的な治療戦略には限界があるのではないか」と結論付けています。

線維筋痛症のメンタルケアに有効なリナロールの抗不安作用

私たちは、線維筋痛症におけるメンタルケアにはアロマテラピーが有効なのではないかと考えています。アロマテラピーで使用するエッセンシャルオイルには数多くの種類がありますが、このようなケースでは抗不安作用を持つものを選択いたします。例えば、リナロールという成分入りのエッセンシャルオイルです。リナロールは、高架式十字迷路試験、明暗箱試験、ロータロッドテストなどのチェックによって、抗不安作用を持つことが確認されている成分です。

高架式十字迷路試験による不安チェック

高架式十字迷路試験は、マウスが壁際を好み、高所を避けるという性質を利用した不安様行動をチェックする試験です。この試験は、自発的交替課題(マウスが探索行動で自発的に異なるアームに入る性質を利用した試験方法)を行うためのY字迷路を高架式にし、壁を持つアーム(クローズドアーム)と壁のないアーム(オープンアーム)を組み合わせ、それぞれのアームへの進入回数から不安様行動をチェックしたものが原型となっています。その後、装置やチェック指標の改良を経て、1985 年にPellow らが高架式十字迷路試験として発表しました。高架式十字迷路試験では、クローズドアームとオープンアームを十字に組み合わせた迷路にマウスを置き、自由に探索させて、それぞれのアームに滞在する時間や入る回数、移動距離などをチェックします。オープンアームに対する進入回数および滞在時間が増加していれば不安様行動の減少が、逆にそれらが低下していれば不安様行動の増加が示唆されます。高架式十字迷路試験でチェックされる「不安様行動の妥当性」は、ベンゾジアゼピン系抗不安薬やアドレナリンα受容体関連薬物などの薬剤に対する反応性から行動薬理学的に認められています。このため、高架式十字迷路試験は、ヒトにおける不安に類似した行動を評価していると考えられます。この試験をリナロールとジアゼパム(ベンゾジアゼピン系抗不安薬)をそれぞれ投与したマウスグループで実施すると、両グループともオープンアームに入る総数が大幅に増加し、不安様行動が減少することが示されました。

明暗箱試験による不安チェック

明暗箱試験は、マウスが新奇環境下(目新しくて珍しい状況)で探索行動を行う性質と明るい環境を避ける性質を利用し、不安様行動をチェックする試験です。元々、抗不安薬のスクリーニングを行う試験として開発されたもので、広く使用されているチェック法です。明箱と暗箱を連結させた装置にマウスを入れ、明箱と暗箱にそれぞれ滞在していた時間と移動距離、明箱と暗箱を行き来した回数、最初に明箱に入るまでの時間などをチェックします。明箱と暗箱間の移動回数、明箱における滞在時間が不安様行動の指標としてよく使用されます。移動回数が多く、明箱における滞在時間が長ければ不安様行動の減少が、逆に移動回数が少なく、明箱における滞在時間が短ければ不安様行動の増加が示唆されます。リナロール投与グループとジアゼパム投与グループに明暗箱試験を実施したところ、対照グループに比べて、ともに明箱で有意に長い時間を費やすことが確認され、不安様行動が減少することがわかりました。

確実性の高いリナロールの抗不安作用

高架式十字迷路試験および明暗箱試験は、ともに不安様行動をチェックする代表的な試験です。それぞれの試験でチェックする行動要因には、共通しているものもありますが異なる要因もあるため、この2つの試験で得られる結果が必ずしも一致するとは限りません。実際、一方の試験では不安様行動が低下し、他方の試験では増加するという反対の結果が出ることもあります。しかし、リナロールとジアゼパムのチェックでは、2つの試験ともに不安様行動の低下を示す結果となり、リナロールが持つ抗不安作用の確実性がうかがえます。

運動障害を引き起こさずに不安を取り除くリナロール

ロータロッドテストは、マウスにおける協調運動と運動学習をチェックするテストで、特に実験動物の神経疾患や薬物作用の検討に用いられます。回転する棒(ロータロッド)の上にマウスを乗せ、徐々に回転速度を上げてマウスが落下するまでの時間をチェックします。このテストでは、ジアゼパム投与グループが、わずか30 分で運動能力が低下したのとは対照的に、リナロール投与グループでは運動能力は維持されるという結果が出ました。以上、高架式十字迷路試験、明暗箱試験、ロータロッドテストの研究結果によって、リナロールは運動障害を引き起こすことなく不安を取り除く力を有することが明らかになりました。

漢方で気の流れを整え、リナロールが不安を取り除く

漢方では、抑うつ気分や不安などの精神症状は気の流れによる影響が大きいと考えます。人は精神的ストレスを感じたときに、気の流れを高めることによって精神の安定を図ります。気の流れに滞りが生じると、ストレスに対抗する力が弱くなり、不安を感じるようになります。このような時、私たちは気の流れを整える理気薬を配合した漢方を使用し、線維筋痛症における精神症状の完治を目指す漢方薬アロマタッチをお勧めすることがあります。漢方薬アロマタッチでは抗不安作用を有するリナロールなどを含有するエッセンシャルオイルも使用し、これを体の中で最も浸透性の高い部位といわれる頭部から浸透させ、さらに脳におけるデトックスの役割を担う「グリンパティックシステム」を正常化するという頭蓋仙骨療法を同時に行います。線維筋痛症は、レディー・ガガ、モーガン・フリーマンなどの芸能人も発症した全身の痛みを特徴とする病ですが、痛み以外にも複雑な病態生理を伴い、病院でも何科に行けばいいのか迷ってしまうことも多いといわれます。また、CHCWによる健康チェックによって明らかにされた線維筋痛症における実存性の障害も考慮に入れなければいけません。線維筋痛症の完治を目指すためには、視野を広く保ち、多角的にアプローチすることが大切であると考えられます。